漆芸家 田村 一舟 氏
日本の伝統技術が息づく漆ダイヤル(作業工程)
金属板研ぎ
ダイヤルに使われている素材は金属です。昔から金属の甲冑やお茶の釜に漆を施してきたことからも分かるように、美しさとともに錆止めの役目をもたせるために、よく用いられてきた組み合わせでもあります。
まず最初に、ダイヤルの形に加工された生地に「研ぎ」と呼ばれる作業を施します。金属の滑らかな表面そのままで漆が乗らないので、荒らすことで乗りをよくする狙いがあります。このとき使われるのは木炭です。数々の種類があるなか、プレザージュのダイヤルには木目の細やかさと適度な硬さがある「駿河炭」を採用しています。
下塗り・研ぎ
金属の表面が十分に研がれたら、次に漆の下塗りを施します。薄く延ばすように漆が全体に塗られていきます。最初の下塗りでは高温焼き付けが行われます。このときの温度と焼き付け時間が最終的な仕上がりに影響があるため、優れた技術と経験が必要です。下塗りされた漆が乾燥したら、駿河炭で再度研がれます。塗装の厚さを均一にするための工程ですが、合計で3回繰り返すことで、漆がしっかりと金属の表面に乗ります。
中塗り・研ぎ
約2週間を掛けて3回の下塗り・研ぎ工程が完了すると今度は中塗りを施します。中塗りは漆独特の黒、すなわち「漆黒」を醸し出すために、漆器ダイヤルに「厚み」をつけていく作業です。製品のイメージを決定づける大切な工程です。下塗り、中塗り、上塗りには、「黒ろいろ漆」が使われております。
上塗り・研ぎ
製品の完成を目指した最後の塗り工程です。中塗りで出した「厚み」を時計にとって最適なものにしつつ、更に表面に平坦を出す熟練の腕が必要な作業となります。すべての領域で正確な値に近づけるこの工程は、神経と集中力を使う必要があります。職人が持つ経験と勘をフルに発揮する、いわば腕の見せ所ともいえるでしょう。
上塗りが施されたダイヤルは、最初に駿河炭で研がれ、その後はキメの荒い砥石の粉、さらに少しずつ細かい粉を使う形で、段階を経て念入りに研がれていきます。この作業によって、より滑らかな表面が得られます。最後に摺り漆を塗り、次の工程に進みます。
磨き・摺り漆
この時点でダイヤルは漆の持つ深みのある黒に包まれています。最後に待つのはさらにこの個性を浮き上がらせる「磨き」の工程です。厳選された漆専用の微小な粒子を菜種油で延ばした磨き粉(コンパウンド)を使い、表面を滑らかにしつつ、微細な傷をふき取っていきます。次第に浮き上がってくる漆ダイヤルに心が躍る瞬間です。最後に「摺り漆」という乾燥すると透明になる漆を表面に極薄く塗ります。これはふき取り切れない傷やピンホールなどを塞ぐ役目を持っています。
ろいろ仕上げ(艶上げ)
塗り、研がれ、磨きこんできた漆ダイヤルの最終仕上げです。この工程では田村氏の指に特殊な粉をつけ、漆塗りされた表面の艶出しを行います。繊細な田村氏の感覚を頼りに、漆が持つ魅力をすべて出し切るよう、念入りに表面が整えられていきます。漆の艶や厚さ、傷、ピンホールなど、最終チェックを兼ねながら磨き上げられます。仕上がった漆ダイヤルは、漆黒の奥深さと手作りによる唯一無二の個性を持つ美しいパーツとして時計を彩ります。まさに「匠の技」が活きる最後の工程です。
厳選される道具(蒔絵)
蒔絵道具は、存在自体が少なく、現在では希少となっています。そのため、よく使われる筆や刷毛、粉筒などは、漆芸家が独自に手作りしていることが多いのです。田村氏の筆は、山から採取してきた笹の細い部分に筆を入れ、太い部分を持ち手として活用しています。手作りとはいえ、すべてがうまく作れるとは限らず、20本制作して2、3本が使いやすい筆になる割合だといいます。ヘラも人毛を膠でまとめたものを利用します。滑らかさがまるで違うという、こだわりの逸品です。
厳選される道具(漆芸)
漆芸には様々な道具が用いられましたが、中にはユニークなものもあったそうです。クマネズミの毛の希少な産毛を採取してとっておき、それがある程度の束になると筆にできたそうですが、極上の筆心地なのだそうです。粉を振るための筒には鶴の羽軸、ヘラにはクジラの髭、金を磨くには鯛の牙など、探求心に富んだ当時の職人たちの道具には驚かされます。