「セイコー アストロン」が到達した実用性と美観のネクストステージ
“クオーツに次ぐ第2の革命”と謳われたGPSソーラーウオッチ「セイコー アストロン」は、2012年の誕生から12年を数えるに至った。この間、外装やムーブメントは絶えずアップデートを重ねてきたが、2024年の新作では時計の性能とルックスに大きな進化をもたらす新Cal.5X83を搭載。高機能化によって利便性を高めたのはもちろん、従来のGPSモデルでは実現できなかった縦3つ目のレイアウトも実現し、GPSソーラーウオッチの完成度を飛躍的に向上させている。
機能の追加と性能アップを両立させた新世代「Nexter」
セイコー アストロンにCal.5X系ムーブメントが搭載されたのは2018年秋のこと。この時に開発されたCal.5X53は、それまでのCal.8X系ムーブメントから大幅な進化を遂げ、タイムゾーンの高速修正やホーム/ローカルタイムの切り替えを瞬時に行うタイムトランスファー、自動時刻修正といった機能を盛り込みながらケースサイズの小型化を実現。長らくセイコー アストロンの性能面を支えてきた。
そして2024年、このCal.5X系ムーブメントが約5年半ぶりにアップデートを果たした。新型ムーブメントはCal.5X83。ハイライトは、ふたつの異なるタイムゾーンの時刻を同時表示するデュアルタイム表示に加え、1/20秒計測を可能とするストップウオッチ機能が新たに追加されたこと。しかも、Cal.5X53に備わっていたタイムトランスファーは切り替え時間が大幅に短縮され、充電効率も高められるなど、セイコー アストロンのさらなる多機能化を実現するとともに、使い勝手も大きく向上させた。
この新ムーブメントを搭載して2024年春にリリースされたのが、「Nexter GPSソーラー デュアルタイム・クロノグラフ」だ。「SBXC151」をはじめとする3モデルはセラミックス製のベゼルを備え、Nexterシリーズの特徴であるソリッドなケースデザインも踏襲。そのうえで、新たに縦3つ目のレイアウトを取り入れ、セイコー アストロンのルックスに大きな変化をもたらした。そしてこの秋には、「SBXC159」を筆頭とする3モデルを追加。こちらはチタン製のベゼルを組み合わせ、外装もよりエッジの効いたデザインを取り入れたことで、モダンなたたずまいに一層の磨きをかけている。
セイコー アストロン Nexter GPSソーラー デュアルタイム・クロノグラフ SBXC159
GPSソーラー(Cal.5X83)。フル充電時約2年(パワーセーブ時)。Ti+ダイヤシールド(直径42mm、厚さ12.4mm)。10気圧防水。
【ブランド公式ページ】
https://www.seikowatches.com/jp-ja/products/astron/sbxc159
セイコー アストロン Nexter GPSソーラー デュアルタイム・クロノグラフ SBXC151
GPSソーラー(Cal.5X83)。フル充電時約2年(パワーセーブ時)。Ti+ダイヤシールド(直径43.3mm、厚さ13.4mm)。10気圧防水。
【ブランド公式ページ】
https://www.seikowatches.com/jp-ja/products/astron/special/2024_nexter_sport_design/
Cal.5X83を搭載した2024年の新作は、デュアルタイム表示に加え、新たにクロノグラフ機能を追加した。文字盤の12時位置には1/20秒の計測が行えるサブダイヤル(左)を、6時位置には第2時間帯を表示するサブダイヤル(右)をそれぞれレイアウト。6時位置に示される時刻は、タイムトランスファー機能によって、メインの時刻表示と瞬時に切り替えられる。
新Cal.5X83がもたらしたセイコー アストロンの進化
新Cal.5X83は、金属製ベゼルを備えた多機能GPSソーラーモデルのバリエーション拡充を目的として開発された。結果としてCal.5X83はデュアルタイム・クロノグラフを備えるに至ったが、とりわけクロノグラフにおいては、センター秒針での計時に加えて1/20秒の計測も行える、本格的な機能を目指したという。これを実現するうえで、ムーブメント開発を担うセイコーエプソンが着目したのが、アンテナの形状だ。
従来のCal.5X53が採用していたのは、箱型のパッチアンテナである。確かにパッチアンテナはケースサイズを小型化し、金属ベゼルにも対応できるようになったものの、さらなる多機能化を実現するうえではアンテナの位置がネックとなった。パッチアンテナは、アンテナの指向性とデザインバランスの観点から12時位置にレイアウトされ、これにより針を動かすためのモーターは6個を載せるのが限界だった。結果、Cal.5X53では、デュアルタイム機能を搭載した横3つ目を採用したモデルとなった。
この問題を解消するべくCal.5X83で取り入れられたのが、平面アンテナと誘電体アンテナを組み合わせる方法だ。これは2023年発表のCal.3X62で初採用されたアンテナ構成で、ムーブメントのスペースに自由度が生まれた。パッチアンテナが配置されていた箇所にモーターを載せる──つまり、機能をもうひとつ追加できるようになり、結果として、これまでのGPSソーラーモデルでは困難とされていた、12時位置にサブダイヤルを置く縦3つ目のレイアウトをも実現させたのだ。
左が2018年に発表されたCal.5X53で、右は新たに開発されたCal.5X83。Cal.5X83の上面を覆うゴールド色のパーツが平面アンテナで、これは日車押さえの役割も兼ねている。
そればかりか、モーターの追加は時計の使い勝手も向上させた。Cal.5X53は6モーターであったため、各種モードを示す針とカレンダーをひとつのモーターで動かしていたが、本作ではパッチアンテナから平面アンテナへと変更したことでスペースができたため、7モーターとなり、マルチインジケーターとカレンダーを独立したモーターで駆動できるように。結果、タイムトランスファー機能を実行する際に発生していたモード針の複雑な動きはなくなり、ホーム/ローカルタイムの切り替え時間は従来と比べて約40%も短縮した。
もちろん、Cal.5X83ではアンテナの性能も担保されている。セイコーエプソンではGPS衛星から発信される電波の捕捉性能を確かめるべく、日本はもちろん、世界の主要都市でフィールドテストを実施してきたという。テストはさまざまな電波が飛び交うような環境や、建物に阻まれた場所での受信成功率を確認する内容で、新作のNexter GPSソーラー デュアルタイム・クロノグラフも徹底した評価が行われており、世界各地で安心感を持って使える時計に仕上げられている。
左がCal.5X53で使われていたパッチアンテナ。Cal.5X83ではアンテナを右のような平面アンテナに変更することでムーブメントにスペースを作り、モーターを追加することが可能になった。ただしGPS電波は時計の外周から捕捉されるため、平面アンテナ単体ではセラミックスベゼルしか使えなくなる。この捕捉性能を改善するために用いられたのが右下の誘電体アンテナ。指向性を文字盤側にシフトする役割を果たし、これによって金属製ベゼルが組み合わせられるようになった。
充電効率の改善がもたらした質感の高い文字盤
前述のように、パッチアンテナを採用したモデルでは12時位置にサブダイヤルを配置できなかったことはもちろん、アンテナが文字盤から透けて見えないようにするために、その質感にも制約が与えられていた。しかし平面アンテナを用いたCal.5X83は縦3つ目のレイアウトを実現しただけではなく、文字盤の質感も高められるようになり、GPSソーラーウオッチのルックスを一変させた。
中でも白眉なのが、シルバー色を基調としたSBXC159の文字盤だ。というのも、シルバーをはじめとするホワイト系の文字盤は、動力源となる光を分散させてしまうため取り込みにくいうえ、ソーラーセルやアンテナといった内部パーツが透けて見えてしまうことから、セイコー アストロンをはじめとするGPSソーラーウオッチでは特に難易度の高いカラーだからだ。しかしながら本作では、明るいトーンのシルバー色を文字盤全面に採用するのみならず、硬質感を持たせることで、Nexterシリーズのソリッドな外装とシンクロする表情に仕上げられている。
SBXC159の文字盤は、シルバー色を基調としながら縦方向の筋目を加えた、金属を想起させる仕上げに。一方で3つのサブダイヤルにはサーキュラーパターンを施し、文字盤のデザインにアクセントを持たせている。
左はCal.5X53で使われていたソーラーセル。Cal.5X83のソーラーセル(右)と比べると、12時位置のアンテナスペースが多機能化はもちろん、文字盤のデザインにも制約を与えていたことが分かる。ソーラーセルの発電領域はGPS電波を遮断するため、Cal.5X53では12時位置のアンテナスペースは発電しない構造となっていたが、Cal.5X83ではアンテナを変更することでソーラーセルの発電面積を拡大することができ、結果として充電効率を改善した。なおCal.5X83では、黒文字盤のモデルにおいてより深い黒、そして濃いブルーを表現するために、ブルーのソーラーセルを使用しているという。
これは、新たに考案された文字盤の構造によるもので、ベースには金属のような光沢を持ち、光の反射と透過を両立させる反射板を使用。この反射板に重ねられるのが透明なポリカーボネート製の文字盤パーツなのだが、単に重ねただけでは反射板の質感がダイレクトに映り、高級感が得られなくなってしまう。そこで、文字盤パーツの表面には縦方向の筋目を型打ちし、さらに裏面に半透明のマット塗装を施すことによって、反射板のシルバー色を生かしつつ、質感も高く感じられるようにした。
セイコーエプソンでは「ソーラーの文字盤はプラスチックの質感が出やすく、特にホワイト系のカラーになると質感が一層顕著に出る。そのため、文字盤で金属調を表現することはソーラー系キャリバーの課題」と説明する。だがSBXC159は、この大きなハードルをクリアして金属のような表情に近づけており、ソーラーウオッチが抱えていたネガティブな要素を払拭したのではないだろうか。
SBXC159の文字盤を構成する3つのパーツ。左はポリエステルとアクリルの複合材で作られた反射板で、これをベースにしながら文字盤パーツ(中)と外周のリング状パーツ(右)を重ねる構造。文字盤の表面には縦方向の深い筋目を型打ちし、裏面には半透明の塗装を施しており、これにより金属のようなソリッドな質感を実現した。
素材の異なるベゼルが生んだ2種類のソリッドな外装
Nexter GPSソーラー デュアルタイム・クロノグラフは、セラミックスベゼルのモデルが春にリリースされており、チタン製ベゼルのモデルはその第2弾として2024年11月に発売される。ムーブメントの開発段階で、アンテナは平面と誘電体を組み合わせるハイブリッド仕様で決定していたため、ベゼルはどちらの素材でも対応できるようになっていたが、一方で外装デザインには見直しが必要となった。というのも、セラミックスとチタンでは素材特性が異なるため、外装の設計数値が変わってくるからだ。
セラミックスは耐傷性に優れる硬質な素材だが、半面、粘りがなく割れやすいデメリットがある。そのため、ケースに固定するためにはセラミックスを厚くし、ケースサイズにもゆとりを持たせる必要がある。SBXC151を含む第1弾シリーズはこれを踏まえて製作されたが、この外装デザインをそのままにチタンベゼルを組み合わせると、どうしても重たい印象になってしまうという。
そこで第2弾シリーズではベゼルの上面を狭くし、さらに角度を設けることで、ケースが薄く見えるようなシルエットを実現。また、セラミックスベゼルのモデルがデュアルカーブのサファイアガラスであったのに対し、チタンベゼルのモデルではフラットなサファイアガラスに変更された。結果、第2弾シリーズのケース径は1.3mmサイズダウンした42mmとなり、ケース厚も1mm薄い12.4mmに。Nexterシリーズらしいソリッドでモダンな造形をベースとしながらも、それぞれ印象の異なるモデルに仕上げた。
天面スペースを広く取ったセラミックス製ベゼル(左)に対し、チタン製ベゼル(右)では天面をぐっと絞り、より鋭角な斜面を設けることで、フルチタンの外装にふさわしい、ソリッドで軽快感のあるルックスに。素材の質感に合わせた形状を取り入れることで、各モデルの魅力を高めている。
ケースは、Nexterシリーズに共通するエッジの効いた力強い造形に。とりわけSBXC159はシルバー色の文字盤を組み合わせたことで、モダンアーキテクチャーのようなクールな雰囲気を色濃くしている。
新ムーブメントCal.5X83を搭載したNexter GPSソーラー デュアルタイム・クロノグラフは、単に多機能化が図られただけの時計ではない。技術革新によってこれまで困難とされていた縦3つ目のレイアウトを実現し、さらには文字盤の質感も高めてデザインを飛躍的に向上させた、GPSソーラーウオッチのネクストステージに位置付けられる快作である。