未来を切り拓く「セイコー アストロン」その進化の軌跡
機械式時計をはるかに凌ぐ高い精度によって、いつ、どこででも手元で正確な時間を知ることができるようにした、世界で初めて実用化されたクオーツ腕時計「クオーツ アストロン」。1969年の発売から40年以上経った2012年には、世界中のどこにいても現地の正確な時刻を瞬時に示す、世界初のGPSソーラーウオッチ「セイコー アストロン」を発表し、かつてない正確性を追求してきた。
そんな、革新的腕時計の代名詞とも言える「セイコー アストロン」は2022年、新たなフェイズに突入。優れた実用性に加えて同時代的な装いも強め、腕時計の未来を切り拓き続けている。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
竹石祐三:取材・文 Text by Yuzo Takeishi
すべてのユーザーに正確な時刻をもたらしたセイコー アストロン
セイコーウオッチの旗艦ブランドのひとつであり、2012年の発売以来、ぬきんでた実用性によって支持を獲得し続けている「セイコー アストロン」。「アストロン」の名を冠し、この腕時計が“第2の革命”とうたわれた事実が示すように、セイコー アストロンには源流となるモデルが存在する。それが、1969年12月25日に発売された「クオーツ アストロン 35SQ」である。
1950年代末、セイコーは従来の機械式よりも高精度な腕時計の開発を目指し、この過程で着目したのが水晶振動子による調速であった。時計の心臓部にこの水晶振動子を用いることで、一般的な機械式ムーブメントと比べて約100倍もの精度を実現するが、一方で当時、セイコーが製造した放送局用の水晶時計は大型のロッカーほどもあり、とても携帯できるサイズではなかった。
しかし、セイコーではこれを次世代技術の本命と定め、諏訪精工舎(現セイコーエプソン)においてクオーツ腕時計の開発プロジェクトを起ち上げた。スイス天文台クロノメーター・コンクール用にマリンクロノメーターを開発したセイコーは、1964年の国際的なスポーツ競技大会でこの技術を計時に取り入れ、さらには卓上のクオーツ時計を市販。こうした変遷を経てついに完成したのが、世界で初めて発売されたクオーツ腕時計となったクオーツ アストロン 35SQだ。
1959年にプロジェクトが始まってから約10年。大型の水晶時計を腕時計用に小型化することは大きなチャレンジであった。しかし、それを見事に達成させたのは、セイコーの創業者である服部金太郎が掲げた「常に時代の一歩先を行く」という理念が継承されていたからにほかならない。
1969 世界で初めて実用化されたクォーツ腕時計を発売
1969年12月25日に発売された、世界初の量産型クオーツ腕時計。オープン型のステップモーターを搭載し、その後のクォーツ腕時計の特徴となる1秒ごとに動くステップ運針が取り入れられた。当時の価格は45万円。クオーツ(Cal.35SQ)。18KYGケース(直径36mm、厚さ11mm)。
2012 世界初のGPSソーラーウオッチが誕生
上空約2万kmの軌道上にあるGPS衛星からシグナルをキャッチし、正確な位置情報とともに現在地の時刻を取得するのみならず、駆動にはソーラー充電を採用した世界初のGPSソーラーウオッチ。2012年にリリースされた第1世代の7Xシリーズを先駆けとして、以後、小型化や受信性能の向上が進められていく。GPSソーラー(Cal.7X52)。セラミックス×Ti(直径47mm、厚さ16.5mm)。10気圧防水。
クォーツウオッチは誰もが手軽に正確な時刻を知ることのできる革新的な腕時計だったが、セイコーの精度への追求は終わらなかった。クオーツ アストロンの誕生から30年が経過した2000年代、そのひとつの解として挙がったのが、標準電波のタイムコードをキャッチして時刻を修正する電波時計だ。確かに、電波時計は原子時計の電波を利用するため精度は優れているが、標準電波を発信する基地局があるのは世界でわずか5カ国。これでは電波の届かない地域では、正確な時刻情報が得られない。そこでセイコーが目を付けたのが、GPS衛星の電波を受信する方法だった。
GPS用受信アンテナや回路の製造を受け持ったのはセイコーエプソンだ。これらを腕時計に収めるために小型化が必須だったのはもちろん、GPS電波をキャッチするためには標準電波の100〜300倍もの電力が必要になることから、省電力化も求められた。このように、クオーツ アストロンと同様の高いハードルをクリアし、2012年にリリースされたのがセイコー アストロンだ。
第1世代の7Xシリーズは直径47mmのマッシブなプロポーションであったが、2014年に登場した8Xシリーズではケースを約30%もサイズダウン。18年の5Xシリーズはキャリバーの小型化に伴い、一般的な腕時計と同程度のサイズにまで抑えたことに加え、時刻修正に要する衛星の受信速度は最短3秒にまで短縮された。これを一層推し進めたのが、さらにアンテナを小型化することで、“普通”の腕時計並みにケースをコンパクトにした19年の3Xシリーズで、見た目、プロポーションともに、GPSソーラー腕時計のエレメントは皆無となっている。
正確な時刻を誰もが手軽に享受できるようにしたクオーツ アストロンに続き、高精度を身近なものとしたセイコー アストロンは、まさに第2の革命。しかも、難題を克服して完成した「時代の一歩先を行く」腕時計は、「アストロン」の名を冠するにふさわしい存在である。
2018/2019 高性能化と小型化に加え、ルックスも進化
Cal.5X53を採用したことで小型化を実現するのみならず、モジュールも新設計され、低消費電力化と時刻情報を最短3秒で取得できる高速化も図られた第3世代。1日最大2回の自動時刻修正を行うスーパースマートセンサーや、2カ国の時刻を瞬時に切り替えられるタイムトランスファー機能を備え、利便性も向上した。GPSソーラー(Cal.5X53)。セラミックス×Ti(直径42.9mm、厚さ12.2mm)。10気圧防水。
2021年に加わったセイコー アストロンの現行モデル。搭載する機能を絞り、小型・薄型化を実現したCal.3X22によって、ケースを直径39mmまでサイズダウンしつつも、7Xシリーズと比べて消費電力は約25%となり、受信性能も1.5倍に向上するなど、性能でも格段の進化を遂げた。シンプルな文字盤とセラミックスベゼルを組み合わせ、幅広いシーンになじむ1本に仕上げた。GPSソーラー(Cal.3X22)。セラミックス×SS(直径39mm、厚さ11mm)。10気圧防水。
強さと調和を兼ね備える、次世代のリーダーに向けた新シリーズ
2022年、誕生から10周年の節目を迎えたセイコー アストロンが新たに投入するシリーズ。それが「NEXTER(ネクスタ―)」だ。これまでのセイコー アストロンは初代クオーツ アストロンをオマージュし、その造形をモダナイズした腕時計を展開してきたが、この節目を機に、セイコー アストロンの先進性を体現するシリーズとして新しいデザインを提示すべく製作されたのが、このネクスタ―である。「ネクスタ―」に込められた意味
従来のセイコー アストロンでは、世界中を駆け回るビジネスパーソンをターゲットにしてきた。しかし、この1〜2年に巻き起こった急激なライフスタイルの変化に合わせ、新コレクションの製作にあたってはターゲット像を再考。近年のビジネスシーンにおけるキーワードとなっている「次世代のリーダー」に焦点を定め、彼らに向けたデザインを構築することとなった。 商品企画を担当した日熊峻吾氏(左)とデザイン部に所属する伊東絢人氏(右)。伊東氏が描くデザインスケッチを基に、3Dプリンターを用いた検証や、試作機によってブラッシュアップが進められるが、とりわけ試作の段階では多くのカラーバリエーションを用意し、コンセプトに合致した色使いを絞り込んでいくという。
2022年5月に発売されたセイコー アストロンの新世代シリーズ。力強くもモダンなルックスに仕上がっている。GPSソーラー(Cal.5X53)。セラミックス×Ti(直径42.7mm、厚さ12.2mm)。10気圧防水。
ディテールに見る次世代へのアップデート
2018年に発売された5Xシリーズとネクスタ―は共通のムーブメントを搭載しながらも、比較すると多くの外装エレメントが変更されている。とりわけ印象的なのがケースの造形だ。セイコーではネクスタ―を表す世界観として、新たに「Solidity(強さ)」と「Harmonic(調和)」というキーワードを設定。コンパクトなサイズでありながらも、8Xシリーズのような重厚で力強い表現を目指し、相当の試行錯誤を重ねたという。 「8Xでは効果的に見えていた仕上げをそのまま流用してしまうと力強さが表現できなかったり、むしろ8Xで用いていた手法を潔く排除するほうが迫力を出せる、といった細かな検証を繰り返した」と説明するのはデザイン部の伊東絢人氏。ソリッド感を強めるため、当初よりヘアライン仕上げを多用する考えはあったが、ポリッシュ面をなくしてしまうと腕時計に求められる華やかさが失われてしまう。そのためポリッシュ面を減らしてソリッド感を強調し、さらにラグの広い面を生かすべく、ケースとブレスレットに一体感を持たせたデザインを取り入れた。
こうして誕生したのが、5Xシリーズに連なりながらもまったく表情の異なるネクスタ―。ネーミングが示す通り、次世代のセイコー アストロンにふさわしいルックスに一新されたのである。
広い面積が取られたラグのデザインを生かすため、ケースとブレスレットに一体感を持たせた構造に。ブレスレットにはピッチを狭めたH型のコマを採用して装着感を高めただけでなく、コマの斜面にポリッシュ仕上げを施しているため、ケースの造形とも調和したソリッドな表情を生み出している。
“ニューノーマル”時代とセイコー アストロン
ネクスタ―には、これまでのセイコー アストロンにはない新しい試みも取り入れられた。それがシリーズの中で目を引く、ブルーグレーダイヤルだ。
「従来のセイコー アストロンであれば彩度の高いブルーを選んでいたが、“ニューノーマル”な時代においては、グレイッシュなカラーがトレンドになりつつある。そんな現代において身に着けやすく、かつ上品で知的な印象を与えられるセイコー アストロンを目指して、このカラーを採用しました」と説明するのは、商品企画二部の日熊峻吾氏。
もっとも、この絶妙なニュアンスの色味を表現するうえではトライアンドエラーが繰り返された。というのも、ブルーグレー単体ではぼやけた表情になってしまう。そのためダイヤルのカラーはもちろんのこと、インダイヤルやインデックス、外周のサファイアリングといった隣接するエレメントの色を何度も調整し、最終的なトーンが決定されたという。
セイコー アストロンの持つ先進性と、時代の潮流が見事にアジャストされたネクスタ―。オンとオフをシームレスにつなぐ現代のライフスタイルにマッチするデザインを具現化しただけでなく、ソーラー充電機能が持つケアフリーな特性は、SDGs志向が叫ばれる時代性にも合致する。セイコー アストロンはネクスタ―によって、それを身に着ける人々の未来を豊かなものへと切り拓こうとしているのだ。