写真家の遠藤励は、北極先住民族のいまを伝える「POLAR EXPOSURE」を
2017年から始動。プロスペックスを相棒に、極限の世界に挑み続ける。
彼はなぜ北極とそこに暮らす人々に魅了されたのだろうか。
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「調和のとれた自然のサイクルの中で創り出される氷山は、まるで想像の世界のように美しい。同じものは一つとしてなく、それは長い年月をかけて地球が生み出す彫刻作品のようだ。」(遠藤)
「スノーボードを始めたのは15歳から。スノーボードが日本に入ってきて間もない頃から滑っていました。写真は、周囲の友人たちを撮り始めたことがきっかけ。彼らはすでにスノーボードシーンで有名になっていたので、じゃあ自分は彼らを撮影する側になろうと考えたのです」。
ーー自然の雪山に分け入ってスノーボーダーたちを撮影する中で、気候や環境の変化を感じる機会が増えてきたという遠藤。温暖化という言葉がニュースで取り上げられる頻度も増え、降雪の減少でスノーボード文化そのものが危機になるかもしれない…。そんな心配もあったが、ネガティブな思いで写真を撮りたくはない。そこで雪の感触や雪のあたたかさ、音や匂いなどを、子供の頃に雪の中で遊んでいたときのような気持ちで、雪をテーマに作品を撮り始めた。
撮影のためにアイスランドやアラスカ、ニュージーランドを巡るなかで、興味を持ったのが「雪の民族」。そこで北極の先住民族の暮らしを写真に収める「POLAR EXPOSURE(ポーラエクスポージャー)」というプロジェクトをスタートさせた。
「雪に親しみ、雪を撮ってきた僕にとって、雪に覆われた北極は根源的なものであり、興味があった。雪の造形やランドスケープを撮っているだけでなく、もう少し踏み込んで文化的部分に触れたくなったのが一番の理由ですね。そこで次の冒険の地として、まずはどうやったら北極にいけるのかというところからリサーチを始めました」。
ーーしかし実際に現地にいくと彼らの生活は徐々に近代化しており、イメージとは少し違っていた。
「僕がその良し悪しを語ることはできませんし、自分たちが暮らしの便利さや快適性を求めることと何ら変わりはない。でもひとつの文化が失われていく激動の中に立ち会っているのだなっていう感覚ありました」。
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遠藤 励(えんどう・つとむ):1978年生まれ。長野県・大町市出身・在住。2017 年より北極圏での撮影を開始。2017年より北極先住民族のいまを伝える「POLAR EXPOSURE」を始動。
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「セイコー プロスペックス メカニカルダイバーズ 1968 ヘリテージ GMT」。精緻な造形と高い操作性を両立した回転ベゼルの表示板には、耐傷性に優れた艶やかなセラミックスを採用し、小傷や擦り傷から時計を守る。4時位置のリューズは外胴に埋め込まれるように設計され、手首への食い込みを軽減させる。製品の詳細はこちら ≫
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「神秘の大型海獣イッカク。古来よりそのイッカクの肉も貴重な食料源として人間や動物たちの命を繋いできた。海氷沖で猟師たちとイッカクの群を待つ。白夜と自然の中で時間の感覚はたちまち奪われていった。」(遠藤)
自然とリズムを合わせ、
シャッターを切る
ーー文化を記録したいという思いから現地に入った遠藤。しかし、ことごとく上手くいかない。
「僕が望んでいたのは、例えば猟師に密着してその生活を撮ること。しかし自然相手なので、こちらの都合では進まない。それに猟師たちも、食料があるなら狩りには行かない。だから1ヶ月いても、何も撮れないこともありました。僕がこういう写真を撮りたいという情熱は、現地の人には一切理解されないですし、写真として形にするまでは、人知れず北極圏の辺境の地を巡っているだけ。なぜここまで執着するのか理解されないまま、何年もプロジェクトに向き合うのは孤独な作業でしたね。絶対に成功させる、完成させるっていうその信念だけで進みました」。
ーーそんな過酷な環境下で、遠藤を動かすひとつの出会いがあった。
「強く記憶に残っているのが、シベリアの遊牧民ネネツ族との交流です。彼らは『ありがとう』という言葉を持ってないんです。族長にその理由を聞いたところ、『態度で示すことだから、僕らにはありがとうっていう言葉は必要ないんだ』と教えてくれた。彼らは30人くらいの集団で、厳しい環境下で常に助け合いながら旅をしている。それがあたりまえだから、ありがとうという言葉はいらない。その考え方に驚かされました」。
ーー遠藤は撮影を優先するよりも、まずは現地民の仕事を率先し手伝い、生活に入り込むことに力を入れた。そうすると徐々に彼らの時間の感覚が理解できるようになった。
「僕らは自分の仕事や都合に合わせて時間をコントロールしようとしている。でも彼らの暮らしの中の時間というのは、自然や家族、コミュニティの人たちと共有した流れに乗っている感覚。北極圏での暮らしに対する理解が深まるにつれて、たとえ悪天候で1週間待機したとしても、肯定的に捉えられるようになりました」。そして気が付いたときには、写真を撮れるようになっていた。
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「数千年も昔からほとんど変わることのなかったとされる先住民の生活がこの50年の間に大きく変わった。動物の皮や毛皮を纏い、自給自足の暮らしに基づいた猟師の姿はまもなく見ることはできなくなるだろう。」(遠藤)
秒針の動きだけが
生きている実感だった…。
時計が道具を超え、相棒になった瞬間
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ニュアンスのあるブルーグレーのダイヤルに、ゴールドのGMT針を合わせて海底に差し込む光を表現した「セイコー プロスペックス メカニカルダイバーズ 1968 ヘリテージ GMT」。正確に時を刻むタフで美しい時計は、遠藤のよき相棒となってくれるだろう。製品の詳細はこちら ≫
ーー極地を旅する遠藤が、心のよりどころにしたもの。それは、「プロスペックス」だった。2018年から遠藤は遠征に携行している。
「遠征を始めた最初の頃ですが、言葉もそれほど喋れなかったので現地の人ともコミュニケーションも取れず、ひとりでテント泊をしていました。寒くて孤独。しかも嵐でテントから出られない日が続くと、精神的に追い込まれるんですよね。そんな中で唯一、相棒のように“生きているもの”が、時計でした。北極の中で孤独に包まれていると、この秒針がチッチッチッと正確に時を刻む音がすごく大きく聞こえる。それがなんとありがたいことか。ここで生きているのは、俺とお前だけだよな。みたいな感覚になるんです。
この精神的な支えっていうのは、時計以外は無理ですね。携帯電話があっても圏外ですし、寒くてバッテリーの消耗も激しいので必要な時しか使えない。そういう状況のなかで、時計だけが一緒に生きている。特に自動巻きの機械式時計の場合、自分の動きと連動しているじゃないですか。俺が動くからお前も動くし、お前が動いているから俺も動くみたいな感覚になるんです」。
ーー北極圏のような極寒の地では、電子機器は役に立たない。その点機械式時計は、腕の動きで動力ゼンマイを巻き上げ、その力を使って時計を動かす古典的な機械であるため、電池はいらないし、温度変化にも強い。ちなみに遠藤が耳にしたチッチッチッという音は、機械式ムーブメントが動いている際に発する音だ。プロスペックスは強靭な時計だからこそ、極寒の地でも、道具を超えた相棒になりえたのだ。
「極限の状態では思考回路が回らないこともあるので、冒険に持っていく時計は、感覚的、直感的に使えるアイテムであってほしい。プロスペックスは実用性と堅牢性に最も重きを置き、必要な機能だけが搭載されている。それはまさに理想形なんです」。
命を預ける道具は、機能がすべて
ーーそんな彼が今回腕に巻いたのは、プロスペックスの「1968 ヘリテージ GMT」。1968年製ダイバーズのスタイルを継承し、4時位置にリューズを配置。手首への不快な干渉をおさえるなど、機能的なデザインを取り入れている。そして冒険の旅に必須なGMT機能も備えている。
「現地では、別の場所の時間を知ることも大切です。例えば極地だと帰りの飛行機のスケジュール調整を直前まで行う場合が多々ある。そういう時に国外の航空会社に確実に繋がる時間を把握できるというのはかなり重要です」。
ーーさらにはテントなどに滞在している時に、孤独を癒す手段としてもGMT機能は使えるかもしれない。
「例えばGMT針を日本時間に合わせておけば、ひとり孤独な夜でも日本の家族を思い出せる。そういう効果もあるかもしれません。もちろん第二時間帯がわかるのは実用的な機構ですが、この一本の針で精神的な繋がりをつくれるというのも、他の時計とは違った価値がある。GMT機能って、遠く離れた場所に誰かがいることで成立する機能なのかもしれないですね」。
ーー遠藤にとってプロスペックスは、時計を超えた存在なのだ。
「この時計を着けていると、多くの先人たちに愛されてきたというブランドヒストリーが自分を励ましてくれる。またこの時計を極地で使って感じたことをフィードバックする役目も、自分の中では大きなモチベーションです。僕が進めているプロジェクトは、決して楽なものではない。しかしプロスペックスを着けていると、色々な経験を積んで帰ろうという活力になるんです」。
ーープロスペックスフレンズとして極地探検をしている遠藤の経験は、時計の企画や製造をする上で、大切な情報となっている。その役割もまた、彼を前進させるのだ。
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最初の北極遠征を共にしたプロスペックス。(販売終了品)
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北極圏においてナイフは必需品。動物の解体などにも使用する、生活を支える実用品だ。
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「集落から遠く離れた海氷沖で嵐に見舞われ、寒さと吹雪のうねりで眠れぬ夜を過ごした。」(遠藤)
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「原始的な生活を続ける現地民と犬ぞりに乗ってたくさんの旅をさせてもらった。狩猟のため何日も海氷を移動したり、氷床を超える旅行に出かけたり。そうして過ごした時間の記憶は、僕にとってかけがえのない財産だ。」(遠藤)
極地で見つけたブレない価値観
ーー遠藤は北極遠征から戻って、改めて地域社会との重要性に気付いた。
「北極で生きる人たちと交流を続ける中で、巨大な社会システムに文化が淘汰されていく瞬間を目撃しているような感覚があったんです。これまでは村や一族のしきたりの中で生きてきた人たちが、急にものさしが法律へと置き換わっていく。しかしそれはバランスが崩れる遠因にもなる。現地に根付いた文化や技術が失われ、地域社会が自給力を失っていく姿を見てきました。
それは日本でも当てはまります。例えば祭りのような行事も精神的なルーツを失ってしまうと、盛り上がらないし受け継がれなくなる。精神的な部分を継承するには地域社会が機能していることが重要で、いろいろな個性を許容するから面白いのです」。
ーーだから遠藤は生まれ育った町と、そこで暮らす時間を大切にしている。
「今、一番大事にしている時間は、 地元の雪山にスノーボードに行く時間ですね。18、9歳ぐらいからずっと通っていますが、地元の仲間と山に分け入り、自然と触れ合う時間を共有する。それが自分の原点ですから」。
ーー原点を大切にする。それは遠藤のブレない価値観にもつながる。
「目先の出来事とか欲に惑わされずに 本質的に生きたい。現代社会は複雑で、情報も多い。惑わされることも多いけどそこに振り回されていると、自分の達成すべきことを見失ってしまうでしょう。
いろいろな経験を通じていくうちに、やっぱり自分の時間を持っている暮らしがしたいと思うようになりました。それは自分の趣味に費やす時間でもいいし、自分の親しい友人や家族のための時間がたくさんある暮らしもいいですよね」。
ーーそして写真家としての意識も変化している。
「これまでは個人的な好奇心や興味を満たすために活動していましたが、何を伝えるべきかを、以前よりも考えるようになりました。作家性が強くなることは、責任も強くなるということ。写真家として、どうやって社会との接点を作っていくか。そして何をどう伝えるのかをもっと意識していきたい」。
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湖畔にたたずむ自宅兼スタジオは、古民家を自ら改装したという。
地元の伝統技術と自分の作品を融合できないかと考え、和紙に作品をプリント。色の表現力など、試すべき課題は多いが、それが新たな創作意欲に繋がっている。
大町市の和紙工房でディスカッションを重ねる。厚さ、強度や表面のテクステャーに加え、プリント薬品との相性も検討が必要だ。
ーー遠藤励が極地で出会った人々は、時間の流れに抗うことはない。ただ自然の中に身をゆだねているだけだ。遠く北極の地には、過酷だが充実した時間があった。その時間とは、Keep Going Forward、すなわち常に前進し続ける人だけに与えられた贈り物なのかもしれない。